ポーランドの出張から帰国しました。
今回は少年消防クラブのオリンピック大会の視察でしたが、
日本からも少年消防団が来た、と当日号外が出ていました!
ポーランドは資源も石炭をはじめ資源が豊富で、広い平坦な場所ではオオムギ、小麦、ジャガイモ、キャベツと豊かな農作物の国でした。ポーランドはとても親しみやすい国でした。たった4日でそんなことは言えないと思いますが、とても居心地がよかったのです。
さて少年消防クラブのオリンピック大会です。
暑い日差しの中で45か国の子供たちが集まりました。応援合戦も素晴らしく、のりのよいユーロビートとインド音楽(!)だとしか思えないリズムでした。鳴り物もうるさいくらいですが 私には楽しいイベントと受け取れました。日本の子供たちに早速会いにいきましたら皆緊張していました。
子供たちとお話をしてみました。
代表としてきたことをどう思うのか、日本の国旗がついた制服をどう思うか、他の国の子供たちとお話したか?などです。
お返事は、しっかりとしたもので、特に女子の積極性はなかなかのものでした。
日本の国旗については、「いいと思う。誇りに思う」と言っていました。
今回の代表は埼玉県三郷市少年消防クラブ、東京都日野市少年消防団、徳島県鳴門市うずしお少年少女クラブ、沖縄県伊平屋村少年消防クラブでした。
その中には将来のスプリンターと呼ばれる女の子がいたり、ボクシングで韓国まで闘いに出かける男の子もいて400m障害物リレーの大変有望なチームです。本番は残念ながらバトンを落としてしまって19位。練習タイムより10秒も遅いゴールでしたが、周りに気後れしないチームに育っていました。
裏グランドでは、泣いている子供たちが皆になぐさめられていたり、笑いあっていたり、写真を取り合ったりしていましたので、早速皆に集まってもらい写真をとりました。
日本の子供たちはやはり恥ずかしがり屋でしたので、フランスの子供たちとオーストラリアの子供と共にとりました。
私たち応援団は背中に大きな消防マークのあるTシャツを着て、特別製の団扇で日本チャチャチャと手を叩き、大きな声で応援しました。大きなスクリーンに映し出されたくらいの応援ぶりでした。相変わらず私は血が騒ぎます。翌日は声がかれておりました。
子供たちは文化の紹介やスポーツを通してお互いに理解しあうプログラムをこなして、28日には帰国するそうです。明らかに成長して逞しくなった子供たちと出会えるはずです。
私は今回の私の中でのもう一つのハイライトのアウシュビッツ強制収容所へ行きました。何をみても涙が止まりません。人間の恐ろしさをそして将来このような悲劇を繰り返さないために、真実をどうやって判断できるのかを考えさせられる所です。中谷さんという優秀な日本人ガイドさんに出会えたのも心に残りました。
今回の出張でも写真を多く撮りましたので、近々Photo Galleryにアップします。
お楽しみに。